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2017年8月29日 / 文筆家・時計ジャーナリスト 白州太朗
歴史×時計「育ちの良いアーカイブの味わいを知る」

「腕時計は時間を知るための道具」。こんな認識を持つ人にはあえて新たな価値観を提案したい。
時計とは、数多あるデザインの中から自分が唯一惹かれた一本を選び、個性を常に表わすことのできる素晴らしい道具であることを。つまり、ファッションアイテムとしてこの上なく優れた装飾品で、そのうえ、時間を知ることもでき、手入れをすれば半永久的に動き続けるのだから、多くのインスタントなモノよりもよっぽど魅力的だといえるのだ。

ただし、個性を表してしまうからこそ(そういう目で見てくる人が多いからこそ)、選ぶモノにはこだわりを持つべきで、それなりのストーリーを持つ時計ブランドを拠りどころとしたい。最もベーシックな方法であるが、今回は”歴史”を持つ時計がいかに魅力的なのかを考えたい。

ミッシェル・エルブランとは、現存する時計ブランドでは珍しく独立資本を保った企業であり、スイスブランド全盛のいまにあって70年間の歴史を誇る稀有なフランスブランドだ。一方で、海を連想させるニューポートシリーズや、ストラップの着せ替えが可能で人気を博すレディスのアンタレスなど、デザインに振り幅のある製品群が魅力でもある。ガツンとくるアイコニックなデザインがあるというわけではないのだが、控えめながらいつの時代にも古さを感じさせない時計を提案し続けてきた結果だろう。
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これは、フランスというお国柄なのか、クルマメーカーのプジョーとも共通する魅力である。同社も量産メーカーとして世界最古と言われる歴史を持ちつつ、シンプルながら優美なエクステリアで長年支持を勝ち取ってきた。(1960年からの40年間、ピニンファリーナ社によるデザインに顕著である)両社ともに、カドの立たない丁度良くシャレたデザインながら、こだわりも醸し出せる。それらがアーカイブとして積み重ねられ、決定的なブランドの個性となっている。

いま、時計業界ではクラシカルなデザインのモデルが人気で、主要なブランドは自社のアーカイブを遡り現代的解釈を加えた復刻を次々と発表している。ミッシェル・エルブランもまた、同社の歴史から1947年当時のピースに焦点を当て、バーゼルワールドの目玉としてインスピレーション1947をリリースした。何の変哲も無い3針時計なのだが、楔型インデックスやすらりと伸びたラグがエレガントで、アーカイブのソレよりもさらに洗練された印象を受ける。

本機の元となった一本は、現在社長を務めるピエール・ミッシェル・エルブランが、創業者である彼の父が手がけた多くの時計の中から選び抜いた、思い出深いものなのだという。その想いは、本機が70周年を記念した限定モデルである、ということにも表れている。
こうした、アーカイブを元に生まれた時計には唯一無二の魅力がある。それは、新興ブランドが持つことのできない、過去多くの人々に愛された歴史があるからだ。歴史を纏うことができる、味わい深い時計との邂逅を楽しんでみてほしい。
プロフィール

白州太朗
文筆家。時計ジャーナリスト。腕時計専門誌の編集者出身で、バーゼルワールドやSIHHをはじめ、スイス、フランス、ドイツ、イタリアといった高級腕時計の故郷で取材を重ねる。腕時計とシャツ、アクセサリーとの合わせを追求する袖元研究家でもある。好物はしらす丼。