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2017年12月11日 / カメラマン 高橋和幸
撮影現場で感じたミッシェル・エルブランの魅力

 4年前のことである。颯爽とポルシェカイエンに乗ってきたS氏は爽やかな笑顔で僕に挨拶してくれた。
「どういうふうに撮るかはお任せします。好きな様に撮って下さい」
元F3ドライバーの彼は少し日焼けした顔から白い歯を見せながらそう言った。何種類か持参した時計はミッシェル・エルブランというフランスの時計メーカーだった。

 1994年から世界時計見本市、いわゆる「バーゼル・ワールド」に通うぼくも耳にしない時計メーカー。
手にとって見るとズッシリと重い。裏側を見るとスケルトンになっていてムーブメントが見える。自動巻きの機械は明らかにC775。オメガ・スピードマスターとかに搭載されているのと同じムーブメントである。しっかりした作りと、丁寧に磨き上げられたポリッシュケースは撮影する者にとって厄介だ。ごまかしが効かないからだ。光のあてかたに苦労するのは間違いない。しかも野外。ライティングを作っていくことができるスタジオ撮影とは違って、キメの細かさは表現しづらい。正面は船の舷窓をイメージしているらしい。

 一番の特徴はラグの形状、とてもユニークでさすがフランス人らしいこだわりである。この方が両サイドの穴で固定するよりはるかに堅牢だ。クロノグラフの秒針と長短針の先、中目の針にも黄色が使われている。文字盤は放射線に広がるヘアラインのグレイ。防水加工のきいたストラップを使用し、ここでも黄色のステッチでおしゃれ感を出している。さてここまでの特徴をどう出そうかと考えていた時。
「いや高橋さんのイメージで撮っていただいて結構ですので」と再びS氏。撮影現場である油壺ヨットハーバーに来るまでの車中で中島みゆきが作曲した「春なのに」を聴いていた。
しかもオリジナル曲を歌う柏原芳恵ではなく、徳永英明がカバーした曲だ。抑え気味のハスキーボイスは元歌よりも遥かに耳に心地よかった。元歌を忘れるぐらいだった。そんな風な感じで望んだ撮影で、ふと頭に浮かんだのが、おなじC775のキャリバーを搭載していながら、他のクロノグラフウォッチとこうも違ってくるのだと思った。

 人は固定観念があると本質を見失いがちだ。それはリシャール・ミルが出現した時、その常識を破ったデザイン、重量感、それにもまして価格設定の高さに驚かされたものだ。多くの時計ジャーナリストは否定的だった。だがしかし、どうだ。その卓まれなるリシャール・ミル個人のマーケティングで今や確固たる高級時計の地位を勝ち得ている。

 このニューポートは他社の同機種搭載のクロノグラフからして遥かに価格は安く設定されている。だからといって作りは決して雑ではなくむしろきめ細やかな施しがいたるところに見ることができる。それがこれ見よがしではなく、サラッと何気ないところに好感が持てる。

 春の午後の日差しを受けてニューポートを、デッキの上に置いてみた。沖から帰ってきた他のヨットをバックに収まった。船の舷窓をイメージしたケースは自然と風景の中に溶け込んでいた。日常の中にあるのはこういったようにあまり主張しないものである。後ろポケットに手を突っ込んだS氏の様も絵になっている。見た目の格好良さは時計選びでは重要な要素を占める。デザイン性にほだされて購入したこともしばしば。いやむしろそのことが一番の条件かもしれない。次に中身の機械、そして価格。最後に背中を押されるのが「言い訳」。子供が産まれたからとか、大きな仕事が入ってきたから、人によってその言い訳は様々だろう。

 大きな資本に身を寄せる時計メーカーが多い中でミッシェル・エルブランは独立してどこにも属しない所が良い。自由に作ることができるからだ。これこそがフランス人が好む「レーゾンデートル」(存在理由)である。
 
 ヨットハーバーから帰ってきてすぐに購入することを決意した。そして今も僕の左腕で時を知らせてくれている。満足ですかって?勿論です。それが証拠にこうやってこの文章を書いているのですから・・・

プロフィール

高橋和幸
カメラマン。1951年徳島県鳴門市生まれ。幼少の時より父の影響で一眼レフカメラを手にする。大学卒業後出版社を経て独立。PACO STUDIOを設立。時計、人物などを手掛ける。1994年からバーゼル、ジュネーブに通う。現在、「WATCH NAVI」(学研)に「ウォッチのWA!!!」を連載中。